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ミラクルロッテはこの「お宝」で支えられていた

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ミラクルもし今日も福岡でマリーンズが勝てば、シーズン4位から一気に首位に並んだことになる。
”外側”の人からすれば『なんだ3位から~だろが』と突っ込まれそうだ。

だが、9月に入りズルズルと調子を崩し後退、何もしないハムにロッテは並びかけるようにイヤな展開が続き、満身創痍のまま『負ければ変わってハムが挑戦権を獲得。ロッテ4位決定』という試合。
3位と4位のステイタスの違いといったら、
『引き分けの場合はロッテ3位確定』というハナ先の数字的リードだけだったのは忘れられない。 
「またか…」と目を『X』印にしないでお付き合いください。

9月初旬予定を繰り上げて印刷した拙書を、現マリーンズの現場へはロッテ西村監督以下首脳はじめ、福浦にサブロー(とそしてボク)という、亡き天才打撃コーチの高畠さんの兄弟弟子達に、急きょお届けした。

再三再四、出てきて申し訳ないが、ロッテオリオンズと川崎球場時代でどれほど客の来ない”逆境”のなか、師を囲んだ男たちが白いボール一個に取り組んだのかを描いたもの。

その中で05年、待望の日本シリーズに進出し阪神タイガースを初戦から4戦全勝でせん滅した勝利、そのカゲに初戦の開始2時間前にロッテロッカー全員に届けられた「キーホルダーの存在」があった。

すい臓がんで急逝する直前、”痛みをこらえながらも笑顔を作っているタカさんの写真”をケースに封入したもの…。これが阪神撃破の源動力となったのだという美しいエピソードを紹介しておいた。
(長い日本シリーズ史の中でも、「全勝優勝」は過去4度しかない)

死の間際まで病床を訪れる、ロッテの選手のみならず各球団にいる師のたくさんも教え子たち。
おかげで『余命3ヶ月』との宣告を受けながらも、高畠さんの病床はそれどころではなく、倍の6ヶ月間。
教え子らが行列を作って教えを乞うたため、ゆっくり休んでいられなくなって、その結果数々のお別れを積み重ねる事ができる不幸中の幸いもあった。

サブローには
『お前がバッティングに困ったら、これからは福浦に尋ねろ。あいつならお前のスイングをすべて知っとる』
『「ファウル打ち」の練習を欠かさずにしとくんだぞ。』
これがサブローへの最後の言葉となった。

だから、サブロー独特のセンターへの手堅いヒットゾーンが確立されたのである。
ボクはサブローや福浦と直接の面識の機会はなかった。

だから彼らと師との交流がいかなるものだったか、書けないのが辛い。
本を贈った数日後のこと、マリンスタジアムでの試合前、隔離ゾーンに隔てられて交錯した際、彼はボクを見付けるやハッとした表情になった。
急ぐ途中?を急ブレーキをかけてくれ、遠くからボクに向きなおって『本をありがとうございました』と大きな声を張り上げて、90度に頭を下げるのだった。

スキンヘッドも手伝い、その折り目正しいたたずまい。まるで修行僧のようだった。

そのキーホルダーを、阪神を迎え討つ弟子たちは、そっとユニフォームの尻ポケットに忍ばせた。それを手にして嗚咽を漏らす声もあがり、天王山を迎えたマリーンズのロッカールームに期せずして響いていたのは偽らざる事実なのだった。

ボクはその本をお渡しする事で、タカさんの弟子たちを中心にカツを入れ、初心に還って欲しかったのだ。

再度めぐって来た今シーズンという千載一遇の勝機(4位転落寸前だった)を、逃してはならない。
心ある者なら、05年のように『高畠さんも加えた計10人のナインで、シーズンの土壇場を全う』して欲しかった。だから、ボクはあせって本を仕上げたのだった(できたらプロの校正をお願いしたかった)。

それがどう現在の高みにまで結びついているかは知らない。
だが今、ミラクルと呼んでいい充実ぶり、教え子のここ一番といった局面での活躍に、高畠さんもきっと天国で目を細めている事には違いない。

その本を手にした目ざとい記者氏が、(17日)きょう福岡ドームで福浦とサブローにそれを確認したのだそうだ。

すると、その『キーホルダーをここには持ってきてはいないが、幕張のロッカーに下げて、心はいつも一緒』と、目を細めてコメントしてくれたそうである。
『そして二人仲よく帰って行った…』との報告が、『秋華賞』からの帰途、新幹線内に届けられた。

それを明日月曜日付の【夕刊フジ】に載せたいがよろしいか?との用件だった。

彼らの承諾さえあるなら、当方に反対する理由などはない。
かえって、「男の胸に秘めた事実」を勝手にバラした当方こそが後ろめたく、許しを乞いたい。

ボクはこうした精神状態で戦っている彼らの実像を、このところ必死で応援するマリーンズのファンに対して、一般読者よりまず先に教えてあげたくてジリジリしていたのである。
あの暑い中、そして平日のタイトな日程を、便利ともいえない幕張に所沢さらに福岡と応援のために実際に球場へ足を運び、声を枯らして大声援を送る彼らにこそ届けたい。これは大変な努力だったと心から敬服している。

それで、『選手らだって同じように”誰かのために”頑張っているんだ』といった点を明らかにして、せめてものグラウンドとスタンドとの連帯感をいま感じ取ってくれたら、野球ライターとしてこれぞ本望と思ったからである。

ところが自費出版の哀しさか、掲示板にしろファンサイトにしろ、単なる本の宣伝として排除されるだけで、ここに双方のコミュニケイションが成立していないのがいかにも惜しい。

ボクはただ売りたい、部数を稼ぎたいといった目的なら、もっと合理的なやり方を知っている。
でも、一切筆を曲げずに…迷惑もかけずに…魅力ある人は魅力あるように、見てきた事実をありのままに書こうと思ったら多くの困難や、大人の論理との引き換えといった細まった橋を渡らねばそれは許されなかった。

一銭にもならぬものに社会は冷淡…なのかもしれない。
でも、こうしてボクの書いた記述を番記者らが拾ってぶつけてくれたらここに『本当ですよ』と応えてくれる者がいる。これだけでも幸せの頂点だった(これはボクと彼ら二人との連帯感だ)。

一歩一歩、ここ(【客は幾万 来なくとも】宣伝赤面)に書かれてあるすばらしい人々の記録を、一人でも多くの人間に明らかにしてゆくという事が、ボクには『正しい生き方について書かれた教科書』を広めてゆく事業そのものなのだと信じている。

折も折、出版不況のなか【出版企業各社共通の敵】であるAmazonだけの委託販売は忌み嫌われても当然のようで、流通方式も紹介する活字媒体には「二の足」を踏まれてしまう原因となっている。

どこかに理解のある媒体はないものか。
まだまだ”旅”は続く
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プロフィール

前頭前野 重雄

Author:前頭前野 重雄
前野 重雄:東京下町生まれ&育ち。(有)流体力学・旭堂代表。

70年代以前は中学3年から週刊誌での報道取材記者、70年代初頭HAWAII移住7年。中盤からムービーカメラを回す。帰国後はライター。第1回週刊少年ジャンプ小説ノンフィクション大賞1席入選。
その後[なんでも鑑定団][うたばん][週間えみ~SHOW]で鑑定士として長期出演。雑誌連載多数。警視庁捜査一課特殊犯SIT部隊防弾装備を設計制作。単行本に「球界遺産」「客は幾万 来なくとも」など。GREE公式ケータイにブログ

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