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FA季節『風物詩デマ』の見分け方

斯界#1代理人Sボラス氏

ボクは2004年オフ、あの井口資仁のおかげで、代理人のようなものをさせて貰った 貴重な体験だった。だがもう二度としたくない体験でもあった。

この中で、この季節に吹き荒れるFAだの、メジャーが触手など、伝える新聞情報などみな嘘っ八でしかない事実も内側に身を置いてはじめて知った。

そりゃあそうだよなあ…と、関係者になってみて判ったのは…(つづく)

こうした野球のエリートを何年か越しで、自分の経営するチームの看板となってもらうために『何十億円』もの単位で仕入れるのである。

それを、ハナっから『OOちゃんが欲しいぞ』、『ヤンキースがXXちゃんに首ったけ』だなんて巷間伝えられるほどに公然化してしまっているとしたら、まともな値段の取り引きとなるものだろうか。
OOちゃんやXXちゃんには、すでに自由意志などそこにはなく、すでに「契約」によって『代理人サマ』に全てを委ねられている、いわば『囲い者』なのである。

『私にまつわる野球を通じた営業、広告宣伝などの収入につき、私OOちゃんは代理人@@氏に対し交渉の全権を委任しており、交渉はそことやってね。それで契約金やギャラが決まったら私は@@氏に全体の3%(安い金額の場合は5%の廉価措置レートがある)をシェアします。…』

とまあこんな具合な内容のレートが一般的で、各人代理人契約を交わしているものである。

だから、OOちゃんはいくらいい人でも、@@氏だってそうかというと、代理人と名のつく方々はいずれも私見では最悪だった。

また、そのうちにOOちゃんもスレてきて、@@氏の苦情持ち込んでも言を左右にして仲裁もしてくれないばかりか、いつの間にかロクなもんじゃなくなってしまうのである。
日本人メジャー選手ら、知己のあった人々の顔が浮かんでは消える。

友人であるつもりの当方や、親兄弟であっても、契約した以上@@氏代理人を通さねばならない。
田舎から連れて行った街や村の後援者諸氏を野球見物させて、松井秀喜のお父さんは息子をディナーの関に出席させて懐かしい相手に挨拶させようとしたところ、テレム代理人が待ったをかけた。
『それは秀喜応援ツァーの営業行為であるならば、ギャラの一部は私へのものである』として、土壇場で待ったをかけたという実話がある。
でないと、秀喜&お父さんはアーン・テレム氏に補償された権利を父子で侵害した事になるというシェーマである。誰も文句は言えない。ここには情などはないのである。

サインをテレビ番組の視聴者プレゼントにしたいから…、NGである。
ある選手の渡米までの足跡を追ったドキュメント番組。局Pとしたら、某選手には法外なギャラを支払ったことで代理人氏への義理は済んでいたと思っていた。

ところが、それとこれとは別だと選手はサインを断ってきた、たかがサイン数筆である。
だが、ここはアメリカで日本ではない。
そのうち、OOちゃんは『サインをしない人』との烙印を押されるようになった。

つまりこういう現象を差して『OOは@@をいい隠れみのにしている』と陰口を叩くのみなのである(笑)。

日本もリッパな天才野球青年サマがたいそう増えたとみえて、こうした代理人ドノもしこたま輩出されているが、その草分け的存在の当時は、クライアントとエージェント、双方ともにいくら分け前やったらいいのか、いくら位請求したら妥当なのか、スタンダードな相場が判らないもんだから、正直見当がつかなかった(笑)

でも、もっともらしく振舞わなけりゃならない代理人氏。なんと日本のそこら辺の大手芸能事務所なみに『全体の3割』を取り分にしていたというからオドロキだった。

おまけに、3分で済むのに、知らずになんと3割も払ってやっていた選手も選手で(笑)、チームメートといったい何を話していたのか、いなかったのか。天才肌も無口もいい加減にしろって話がある。

ともあれ、井口君はホークス入団前に当時のホークス編成部から『ウチに入ってくれたらFAを前倒しにするから』との口約束があった、実際にはこうしたウラ取り引きは「あって当たり前」なのである。
ボクもこうしたご縁があって、初めて具体的に当人らによってウラが取れたわけである。

そうした「フェアでない」ドラフト交渉術を弄して、その幹部職員は小久保君を手始めに和田君やら…を次々と(当時は)弱小不人気球団ながら、「放った矢を、射った後から誘導し的に命中させる」ハイテク兵器みたいな手口で出世し、今では移ったばかりの2010マリーンズを日本一にさせたかと思うと、今季シーズンさ中に元ホークス社長ともどもクビとなったりもしている(笑)。

そういえば幾年か前に、ホークスの小久保がようやく円熟期を迎えたとファンが期待した途端、2004ジャイアンツへ無償トレード(つまりタダで上げちゃった)され、どうして?と首をひねるばかりの日本国民を背にしながら福岡を去った小久保は振り向いて説明をする必要さえなかった。

だってそうだろう、ドラフト一位指名で争ったのは子供時代からの巨人、そしてお邪魔虫だけど羽振りの良いホークス。それが一転ホークスを逆指名しての94年度入団。
しっかり小久保としたら『お礼奉公を10年間つとめたうえ』での自由な身。

ここで青春を取り戻したい気持ちにホークス側が「待った」をかけたとすると、冗談じゃない、話が違うと、球界の10年間の編成ウラ事情を小久保から暴露されても文句は言えないワケである。

このオフに、小久保青山学院大後輩の井口までが、この『ホークスからの脚抜け』に同調して飛び出すことに成功したウラには、先述のクビとなったそのマリーンズGMが同大のOBでもあり、こうした編成現場組の独走にハラを立て『ルールはルール』と足止めを食わしていたのは当時の高塚球団社長(=親会社組)だった。

だが、驚いたことにこの社長氏に降って湧いたのはセクハラ疑惑。
彼らの移籍騒動は、こちらのほうの社長更迭→逮捕劇の進行をたしかめながら、徐々に公然化していった。

『高塚さん(への処遇)次第』と、あの当時井口サイドが囁くたびに、ボクはその高塚というご仁が「よほど非道いニンゲン」なんだなァと、勝手に解釈をしていたほどだった(笑)
(せいぜいが「酔っ払いの部下の胸つかみ」騒動が刑事事件にまで発展した背景に、ボクは今も釈然としない)

この辺についてはまた別の機会に譲るとして。

そんなこんなで、ボクは井口君プラス2名の陣容であいついでNYCに降り立った。
『中間代理人からは、NYYのGM、キャッシュマンとのアポは取れていない』と、いきなりネガティヴな報告から始まった。

つづく
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プロフィール

前頭前野 重雄

Author:前頭前野 重雄
前野 重雄:東京下町生まれ&育ち。(有)流体力学・旭堂代表。

70年代以前は中学3年から週刊誌での報道取材記者、70年代初頭HAWAII移住7年。中盤からムービーカメラを回す。帰国後はライター。第1回週刊少年ジャンプ小説ノンフィクション大賞1席入選。
その後[なんでも鑑定団][うたばん][週間えみ~SHOW]で鑑定士として長期出演。雑誌連載多数。警視庁捜査一課特殊犯SIT部隊防弾装備を設計制作。単行本に「球界遺産」「客は幾万 来なくとも」など。GREE公式ケータイにブログ

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