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「やっぱりそうだったのか…(涙)」サブローに福浦

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「サブロー、困った時は福浦に聞け」
今晩、サブローが同点タイムリー2ベースヒットを打って、1対0のクビの皮一枚が危うくなった試合で貴重な同点打を放った。
打たれたホークスの絶対の虎の子、ファルケンボーグはじつに「8月21日以来の失点」だった。

手前ミソだが、これがボク流の”激励の結果”なのか?。

現在、ロッテナインに同行している夕刊フジ笹森記者がきょう(19日付)で素晴らしい記事をものした。
以下【夕刊フジ 10/19版より】
以下原文のまま
前略…サブローは「(打球が)前に飛べばいいんだけど…」と自嘲気味に話すが、絶不調の中でも4試合で4四球を奪うなど、「つなぎの4番」に徹している。(昨日の試合ではなんとサブロー一人に対し41球も投げさせている…前野追記)

その打撃の原点は、2002年に指導を受けた「1番の師匠」、故高畠導宏さん(享年60)だ。
高畠さんは7球団で打撃コーチなどを務め、中日・落合監督やロッテ・西村監督らを育てた、名伯楽として知られる。03年には高校野球の指導者を志し、教師として福岡に赴任。最後の弟子に当たるサブローと1歳年上の福浦は、遠征で福岡に来ると高畠さんに教えを請う、師弟関係を続けた

04年、高畠さんは思い半ばで膵臓(すい臓)ガンのため死去。05年の日本シリーズで、教え子たちの活躍を見届けることはかなわなかった。

破竹の4連勝で日本一に輝いた当時の秘話がある。
スポーツグッズ鑑定家で、フリーライターとしてロッテを川崎球場時代から取材してきたワシさん(年齢不詳)が、近著「川崎球場一部始終 客は幾万個なくとも」で明かしている。

第一戦の試合開始直前、高畠さんの未亡人から、チームに生前の高畠さんの写真をあしらったキーホルダーが差し入れられた。ナインの大半がすすり泣き、キーホルダーをユニフォームにしのばせて日本一を勝ち取ったという。

サブローは今も本拠地(幕張)の試合では、高畠さんのゆかりの品を身につけてプレーする。福岡のCSでも特別な思いを乗せて奮闘しているが、打撃不振から脱出するもうひとつのカギがi師匠の遺言だ。

高畠さんは病床で、フォームを崩しやすいサブローに、「お前のことは福浦が一番知っている。困ったときは聞きなさい」と助言。福浦にも後見役を頼んでいた。

運命で結び付けられた2人は、この日もそろって球場を引き上げた。サブローが「最近、(福浦がフォームを)見てくれへん」とこぼすと、福浦は苦笑いを浮かべつつ、「疲れだけでしょう。大丈夫」と背中を押した。

ロッテは05年もシーズン2位からプレーオフに進み、同1位のダイエー(現ソフトバンク)を福岡での最終戦で破って、頂点まで駆け上がった。
あれから5年後、同じ球場で、ベテラン2人の強いきずなが栄光への架け橋となるか。 (笹森倫記者)
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プロフィール

前頭前野 重雄

Author:前頭前野 重雄
前野 重雄:東京下町生まれ&育ち。(有)流体力学・旭堂代表。

70年代以前は中学3年から週刊誌での報道取材記者、70年代初頭HAWAII移住7年。中盤からムービーカメラを回す。帰国後はライター。第1回週刊少年ジャンプ小説ノンフィクション大賞1席入選。
その後[なんでも鑑定団][うたばん][週間えみ~SHOW]で鑑定士として長期出演。雑誌連載多数。警視庁捜査一課特殊犯SIT部隊防弾装備を設計制作。単行本に「球界遺産」「客は幾万 来なくとも」など。GREE公式ケータイにブログ

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