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今だから言う「メジャーとカネ」後篇

イチローMLB初年度ベンチ入り全員寄せ書きボール
2001年の入団を前にして、イチローがマリナーズからのポスティングを得て入団する本格的交渉開始がきまった2000年11月頃。
あれから10年。もう『伝説』を築いたあとだから正直に語ろう。

たしかイチローの年俸については、渡米後に代理人アタナシオと合流し交渉が始まるという段取りだったが、神戸で牛タンをご馳走になりながら、彼はボクに訊いた。

『前野サンだったら、ボクの年俸をいくらと要求しますか?』
トニー・アタナシオはドジャースの往年の選手から、METS人脈につながるバレンタインなどいわゆるNYブルックリンのイタリアンアメリカン社会の御用達みたいな代理人だった。(だが現在ではその古くからのクライアントの多くと袂を分かっている)

だが彼には先述のモスのように、ノーランライアンの代理人として、”メジャー界初”となる『年俸100万ドル』の大台を勝ち取るような戦績などは持っていない中流エージェントだった。

トニーはイチローに『1年3~4百万ドル』との『胸算用』をささやいていたらしい。
『(こいつ自身も「イチローを判っていない」んだな)』ボクはあきれた。
強調文小宮山さんもコントロールは抜群なのに、この代理人を紹介した際には手許が狂ったのか?。

イチローは最近、『(メジャーに)行けるならいくらでもいい』という積もりだったと述懐しているが、それは本音だろう。あの当時そうしたカネの匂いを彼から感じた事は一度もなかった。

『ボクなら800万ドルですね』
『うっそ~~、ガハハ、』思いっきりイチローが笑ったので印象に残っている。

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プロフィール

前頭前野 重雄

Author:前頭前野 重雄
前野 重雄:東京下町生まれ&育ち。(有)流体力学・旭堂代表。

70年代以前は中学3年から週刊誌での報道取材記者、70年代初頭HAWAII移住7年。中盤からムービーカメラを回す。帰国後はライター。第1回週刊少年ジャンプ小説ノンフィクション大賞1席入選。
その後[なんでも鑑定団][うたばん][週間えみ~SHOW]で鑑定士として長期出演。雑誌連載多数。警視庁捜査一課特殊犯SIT部隊防弾装備を設計制作。単行本に「球界遺産」「客は幾万 来なくとも」など。GREE公式ケータイにブログ

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